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 好きの意味


97トライアスロン2nd投稿作品

 サクラちゃんが好き。イルカ先生が好き。一楽のおっちゃんが好き。カカシ先生が好き。火影のじっちゃんも綱手のばーちゃんも同期の奴らも好き。サスケは嫌い。……本当は、ちょっぴり好きだった。なんて嘘。やっぱり嫌い。
 好きだって言って、否定されたり無視されたり汚いものを見るような目で見られないなんて、幸せ。
 オレが好きになってもいいんだよ、って言われてるみたいで、だからオレは大切な人たちには好きだ好きだ大好きだって伝えてきた。好きだって気持ちと、ありがとうって気持ちを半々に込めて。
 サクラちゃんはつんでれってやつだから、いい返事がもらえることなんてないけど、ちょっとだけ優しい顔になるのを知ってる。イルカ先生は、「ありがとなー」って言って頭をわしゃわしゃ撫でてくれる。一楽のおっちゃんはたまにチャーシューおまけしてくれた。カカシ先生は。
 カカシ先生、は。
「カカシ先生大好きー!」
 って言って俺が足にしがみつくと、前は「そ」なんて素っ気なく返してでも頭を乱暴に撫でてきたのに。
 最近のカカシ先生は、にっこり笑って「オレも好きだよ」って言う。
 その度にオレは胸がきゅうきゅうするような、締め付けられて息が詰まるような、変な気分になる。
 好きだよって言って好きだよって返してもらって、オレが好きなんだって! って飛び上がるほど喜びたいはずなのに、なんでかな。
 カカシ先生の好き、嬉しくないのかな。
 そう思っても、夜一人で冷たいベッドの上に転がって目を閉じて、先生の笑顔と言葉を思い出すと、それだけで体中ぽかぽかしてきて口元が勝手に緩んで、笑みまで零れてくるからやっぱり嬉しいんだと思う。
 変なの。
 でもオレにとって悲しいことでも苦しいことでもないことは確かだから、胸のきゅうきゅうを我慢して、何度も大好きって伝えてた。

 そんで、それからちょっと経って。サスケが里抜けしちまって、エロ仙人と修行の旅に出るって決まった時だった。
 先生はサスケが抜けた所為でなんか忙しいらしく、オレが入院している病院にも一度お見舞いに来てくれたけど、すぐ任務だからと帰ってしまって寂しかった。だから、旅立つって聞いてカカシ先生が来てくれた時、いつもより嬉しくてうれしくて。
「頑張ってこいよ、ナルト」
 なんて言われたら、もうそりゃー頑張って強くなって絶対サスケを取り戻してみせる! なんて改めて誓うってもんだ。
「うん、オレ頑張って強くなる」
「期待してるよ」
 意気込んでみせたオレに、カカシ先生はなんでか寂しそうな顔をした。
 先生は強くて飄々としてて、やる気なさそうなのにオレたちがピンチの時には必ず助けてくれる、オレの憧れだ。その先生が寂しげな顔をしている。衝撃的で、それ以上にオレは、修行の旅を控えたわくわくも吹っ飛ぶほど、胸が痛くてたまらなくなった。先生にこんな顔をさせるくらいなら、里に残りたいと一瞬思って、そんな自分に驚いた。────だってあれほど、サスケを取り戻すために強くなるって決めたのに。先生もそうしたら喜んでくれると思ったのに。なんで。オレの頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「ねぇ、ナルト。旅立つ前にさ、もう一回好きだって言ってくれない?」
 自分自身が信じられなくて、目の前の光景も信じられなくて、どうしようもなく叫びだしたくなって。ぎゅっと唇を噛み締めたオレに、カカシ先生は優しい声で言った。
 何を言われたのか、よく分からなかった。耳をするりと通過して脳に届いたのに、うまく処理されないように思えた。
 だけどオレの口は、カカシ先生の望みどおりに勝手に動く。
「カカシ先生、大好きだってば」
「うん。オレも、お前が好きだよ」
「先生……?」
 何が言いたいの。どうしたんだってば。オレが問いかける前に、カカシ先生は右目をつむって、小さく息を吐く。
 それからゆっくりと持ち上げられた目蓋の下から覗いた紫紺の目は、痛いほど真剣にオレを見た。
「お前のその好きは、どういう好きなの?」



 どういう好きなの?
 あれから修行中もふとカカシ先生のことを思い出すと、先生の問いかけが何度も耳元で蘇った。
 あの後カカシ先生は何も言わずに帰って行った。その翌日すぐに里を発ったから、それから会っていない。時折、エロ仙人と連絡を取り合う鳥に、オレ宛の短いメッセージがついてくることがある。それも、「元気にしているか?」だの「野菜はちゃんと食べてる?」だの、他愛無い短い文面だけだったから、なんとなく物足りない。
 どういう好きなの。
 先生を意識する度に、あの時の声が木霊する。
 何度も何度も思い返して。先生の言葉を思い出して。先生のことばかり考えて。先生に会いたいなあ、なんて思って。
「なんじゃナルト、まるで恋しとるようじゃのう」
 エロ仙人にからかうように言われて、横っ面を引っ叩かれたような気持ちがした。
 ────シテヤラレタ!!
 最初に思ったのはそれ。
 だって先生の言葉の所為で、オレってば先生のこといつでも思い出して考えて、気になって、先生が恋しくて仕方なくなったんだから!
 だってエロ仙人に自覚させられたカカシ先生への好きは、存在に気付いちゃったその日から、もう遠慮はいらないとばかりに大きく大きくなっていくんだ。気づいてなかった自分が信じられないくらい、先生への好きが溢れそう。もう持ち主のオレにもどうしようもないくらい膨らんで、オレの体中を埋め尽くしてしまった。多分、オレの体内にはぴっちりとカカシ先生への好きが詰まっちゃってると思う。もしかしたら、腕が切られたらその下からは、真っ赤な血と一緒に先生好きー! って気持ちが零れ落ちてくるかもしれない。
 こんなでっかくって重くってどろどろしたものが、恋心の好きってやつなのか。
 なあ、先生。
 先生も、こんな好きを抱えてたのか?
 どういう好きなのか、訊くってことはさ。先生が言ってくれた好きも、生徒が好きって意味じゃあないって、そう思ってもいいのかな?
 なんて考えても、オレは他人の気持ちに疎いから、結局のところよく分からない。ただ単にオレがカカシ先生を好きになっちゃったから、オレのいいように考えているだけなのかもしれない。
 どっちにしろカカシ先生本人に訊いてみないと本当のことは分からないんだ。
 そりゃあ、訊くのはちょっと────かなり、怖いけど。
 こんだけおっきなコイゴコロってやつを抱えて隠していくなんて最初から無理だと思う。オレってば隠し事も嘘も得意じゃないし。
 大体、怖気づくなんてらしくない。まっすぐぶつかっていって、ダメなら何ともアタックするのがうずまきナルト流!
 だからぐるぐる思い悩むのから脱出したオレは、固く決意した。里に帰ったら真っ先に、好きだって気持ちをぶつけてやる。
 もしそれで、いつものように「オレも好きだよ」って言われたら。
 今度はオレが言ってやるんだ。
「その好きって、どういう好きなの?」って。


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